はじめに
韓国ドラマにハマって、K-POPを聴いて、韓国料理が好きになって——。
でも、「もう一歩深く韓国を知りたい」と思ったとき、あなたはどこへ向かいますか?
旅行ガイドでも、歴史の教科書でも、ニュースサイトでもなく、わたしがおすすめしたいのは韓国文学です。
小説は、数字やデータでは見えてこない「生きた社会」を映し出します。誰かの日常、誰かの孤独、誰かの怒り——それを読むことで、韓国という国が「となりの国」ではなく、「となりに住んでいる人たちの国」として感じられるようになります。
今回ご紹介するのは、亜紀書房が2018年から刊行を続けている韓国文学シリーズ「となりの国のものがたり」。
現在13冊(14は旧01の新版)が揃い、まさに「韓国社会の縮図」と呼べるラインナップになっています。各作品に「この本で見える韓国社会」という視点を添えながら、全作品をご紹介します。
亜紀書房「となりの国のものがたり」全13冊完全ガイド
出版社: 亜紀書房
シリーズ開始: 2018年9月
累計冊数: 13作品(2024年現在)
主な翻訳者: 斎藤真理子、古川綾子、すんみ、オ・ヨンア ほか
公式サイト: https://www.akishobo.com/book/?ct=35
全13冊レビュー:韓国社会を読み解くキーワードとともに
01『フィフティ・ピープル』
著者: チョン・セラン
訳者: 斎藤真理子
発売: 2018年9月
価格: 2,420円(税込)
![]() |
新品価格 |
あらすじ
ある地方都市の病院を舞台に、50人の人物が登場する連作短編集。医師、看護師、掃除スタッフ、患者、その家族——職業も年齢も境遇も異なる50人の人生の断片が、あやとりのように絡まり合いながら描かれます。
誰もが主役であり、誰もが脇役でもある。笑えて、切なくて、どこかおかしくて——読み終えたとき、「人間っていいな」という気持ちが静かに残ります。
この本で見える韓国社会
医療現場を舞台にすることで、韓国社会のさまざまな階層が自然に交差します。高学歴エリートの医師と非正規の清掃スタッフが同じ空間に存在する構造は、韓国の格差社会をそのまま映しています。また、病院という「命と向き合う場所」を通して、家族関係の複雑さや儒教的な上下関係も浮かび上がります。
こんな人に
韓国文学がはじめての人、まず「入り口」として読みたい人。50人が登場するので、誰かに必ず共感できます。
02『娘について』
著者: キム・ヘジン
訳者: 古川綾子
発売: 2018年12月
価格: 1,870円(税込)
![]() |
新品価格 |
あらすじ
60代の母「私」は、娘が同性のパートナー「彼女」を連れて帰ってきたことで動揺します。「普通」の幸せを望む母と、ありのままの自分を認めてほしい娘——二人の間の静かでひりひりした対立。そして母が介護する老女の存在が、物語に新たな光を投げかけます。
この本で見える韓国社会
韓国におけるLGBTQ+への社会的圧力と、儒教的な家族観の衝突が正面から描かれます。「普通の幸せ」とは何か、誰が決めるのか。保守的な価値観が強く残る韓国社会で、自分らしく生きることの困難さをリアルに伝える一冊です。また「娘」が就活に苦しむ場面は、韓国の就職難の現実とも重なります。
こんな人に
韓国社会のジェンダー問題、家族のあり方について考えたい人。静かな文体の中に鋭い問いが宿っています。
03『外は夏』
著者: キム・エラン
訳者: 古川綾子
発売: 2019年6月
価格: 1,870円(税込)
![]() |
新品価格 |
あらすじ
喪失と悲しみをテーマにした7つの短編集。家族を失った人、仕事を失った人、愛する者との別れを経験した人——それぞれが「その後」をどう生きるかを、繊細な筆致で描きます。表題作「外は夏」は、子どもを亡くした夫婦の静かな日常が胸に刺さります。
この本で見える韓国社会
韓国文学研究者の間でよく語られるのが、キム・エランが「セウォル号事件以後の文学」を体現する作家だという点です。2014年に起きたセウォル号沈没事故は、304人が犠牲になった国民的トラウマ。この作品集には、その「喪失の時代」を生きる人々の姿が透けて見えます。悲しみとどう共存するかを問いかける、現代韓国社会の心の記録です。
こんな人に
繊細で詩的な文学が好きな人。静かに、でも深く読みたい一冊。
04『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』
著者: イ・ギホ
訳者: 斎藤真理子
発売: 2020年1月
価格: 1,870円(税込)
誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ (となりの国のものがたり 4) [ イ・ギホ ] 価格:1870円 |
あらすじ
タイトルが全てを語っているような、少し奇妙な物語集。「誰にでも親切」すぎるがゆえに周囲と摩擦を生む青年、過去に縛られた人々——イ・ギホ特有のユーモアと哀愁が滲む6つの物語。笑えるのに、どこか寂しい。韓国文学の「おかしみ」が凝縮された短編集です。
この本で見える韓国社会
「普通であること」への強迫観念、集団の中での同調圧力——韓国社会が求める「空気を読む」文化が、主人公たちのぎこちない生き方を通して浮かび上がります。また「教会」という舞台が示す通り、プロテスタント系キリスト教が韓国社会に深く根付いていることも自然に伝わってきます。
こんな人に
「重い」韓国文学より、クスッと笑えるものを読みたい人。でも読み終わると、しっかり考えさせられます。
05『わたしに無害なひと』
著者: チェ・ウニョン
訳者: 古川綾子
発売: 2020年4月
価格: 1,760円(税込)
わたしに無害なひと (となりの国のものがたり 5) [ チェ・ウニョン ] 価格:1760円 |
あらすじ
恋愛、友情、家族——関係性の中で傷ついたり癒やされたりする女性たちを描く7つの短編集。誰かを傷つけたくないのに傷つけてしまう、傷つけられたくないのに傷ついてしまう。そんな「無害でいること」の難しさと優しさが、繊細に紡がれます。
この本で見える韓国社会
「#MeToo」運動が韓国社会を揺るがした2018年前後に書かれた作品群。女性たちが日常の中で感じる見えない圧力や、「感情労働」の重さが、声高に叫ぶのではなく静かに丁寧に描かれています。声を上げにくい社会の中で、それでも生きようとする女性たちへの眼差しが温かい。
こんな人に
韓国のフェミニズム文学に関心がある人。『82年生まれ、キム・ジヨン』が気に入った人にも。
06『ディディの傘』
著者: ファン・ジョンウン
訳者: 斎藤真理子
発売: 2020年9月
価格: 1,760円(税込)
ディディの傘 (となりの国のものがたり 6) [ ファン・ジョンウン ] 価格:1760円 |
あらすじ
表題作「ディディの傘」は、セウォル号事件とキャンドル革命(2016〜17年のろうそくデモによる朴槿恵大統領弾劾)を背景に、喪失と連帯を描いた中編。もう一編「あなたの場所」とあわせた二作品集。ファン・ジョンウンの言葉は、詩のように研ぎ澄まされ、痛みを持ちながらも美しい。
この本で見える韓国社会
「ディディの傘」は、現代韓国文学で最も重要な作品のひとつと言っても過言ではありません。セウォル号事件の悲劇と、それに続く市民のキャンドル革命——国家と個人、喪失と怒り、そして連帯の意味を問い直す作品です。韓国の現代史をもっとも鋭く、もっとも美しく描いた一冊。
こんな人に
韓国現代史に関心がある人、ファン・ジョンウンの言葉の力を体感したい人。必読の一冊。
07『大都会の愛し方』
著者: パク・サンヨン
訳者: オ・ヨンア
発売: 2020年11月
価格: 1,980円(税込)
大都会の愛し方 (となりの国のものがたり 7) [ パク・サンヨン ] 価格:1980円 |
あらすじ
ソウルという大都市で生きる若者たちの、ゆるやかな孤独と小さな連帯を描く短編集。食事、アルバイト、推し活、家賃——等身大の日常がみずみずしく描かれます。著者のパク・サンヨンは大邱出身の30代作家で、Z世代に近い感覚を持つ韓国文学の新星。
この本で見える韓国社会
「なんとか生きている」ソウルの若者たちのリアルが詰まっています。高い家賃、将来への不安、SNSでのつながりと孤独——「ヘル朝鮮」と自嘲しながらも日々を生き抜く若者文化が、ユーモアと哀愁を混ぜながら描かれます。チョンセ(전세)やウォルセ(월세)という住宅事情が自然にセリフに出てくるのも興味深い。
こんな人に
等身大のソウルを知りたい人、20〜30代の韓国の若者文化に関心がある人。
08『小さな心の同好会』
著者: ユン・イヒョン
訳者: 古川綾子
発売: 2021年4月
価格: 1,760円(税込)
小さな心の同好会 (となりの国のものがたり 8) [ ユン・イヒョン ] 価格:1760円 |
あらすじ
「好きなものを好きと言える場所」をテーマにした短編集。音楽、映画、本——何かを心から愛することで、孤独を乗り越えようとする人々の物語。「同好会」というゆるやかなつながりの中で、傷ついた心が少しずつほぐれていく様子が温かく描かれます。
この本で見える韓国社会
韓国社会における「オタク文化」「推し文化」の浸透と、それが若者の孤独のセーフティネットになっているという現象が見えてきます。競争社会の中で疲弊した心が、「好きなもの」に救われるという普遍的なテーマは、日本の読者にも深く響きます。同時に、「普通じゃない趣味」をどう受け止めるかという社会の視線も描かれています。
こんな人に
何かを心から愛している人、推し活文化が好きな人。じんわり温かくなれる一冊。
09『かけがえのない心』
著者: チョ・ヘジン
訳者: オ・ヨンア
発売: 2021年9月
価格: 1,760円(税込)
かけがえのない心 (となりの国のものがたり 9) [ チョ・ヘジン ] 価格:1760円 |
あらすじ
認知症の老人、移住労働者、非正規雇用の若者——社会の「周縁」に生きる人々に寄り添った短編集。大きな声では語られない、でも確かに存在する痛みと尊厳。著者のチョ・ヘジンは、社会的弱者の声なき声を丁寧に拾い上げる作家として知られています。
この本で見える韓国社会
韓国社会の「見えない人々」がこれほど丁寧に描かれた作品集はそう多くありません。急速な高齢化、外国人労働者問題、非正規雇用の拡大——韓国の社会問題を、データではなく「一人の人間の物語」として伝えます。弱者への眼差しが温かく、でも現実は厳しい。その緊張感が心に刺さります。
こんな人に
韓国社会の「影」を知りたい人、社会的弱者を描いた文学が好きな人。
10『シャーリー・クラブ』
著者: パク・ソリョン
訳者: 李聖和
発売: 2023年6月
価格: 1,760円(税込)
シャーリー・クラブ (となりの国のものがたり 10) [ パク・ソリョン ] 価格:1760円 |
あらすじ
シャーリーという名の女性たちが登場する、リンクした短編集。それぞれのシャーリーが、異なる時代・異なる場所で、「自分であること」を問いながら生きる物語。名前という記号を通して、個人のアイデンティティと社会の関係を問い直します。
この本で見える韓国社会
韓国女性が「결혼(結婚)したら夫の姓に変えない」慣習(日本と異なり、韓国では夫婦別姓が標準)や、名前と自己同一性の関係が自然に見えてきます。また「シャーリー」という英語名を持つ人物たちの存在は、グローバル化と韓国的アイデンティティの狭間で生きる現代韓国人の姿とも重なります。
こんな人に
アイデンティティ、自分らしさについて考えたい人。構造的に面白い連作短編が好きな人。
11『エディ、あるいはアシュリー』
著者: キム・ソンジュン
訳者: 古川綾子
発売: 2023年8月
価格: 2,200円(税込)
エディ、あるいはアシュリー (となりの国のものがたり 11) [ キム・ソンジュン ] 価格:2200円 |
あらすじ
英語名「エディ」と「アシュリー」という二人の若者を軸に展開する、現代ソウルを舞台にした物語。グローバル化した都市に生きる若者たちの、帰属意識の揺らぎと自己探求を描きます。英語と韓国語の間、グローバルとローカルの間で揺れる「自分」とは何か。
この本で見える韓国社会
韓国の若者が英語名を持つ文化(職場や学校で英語名を使う慣習)は、韓国社会の英語崇拝とグローバル志向の象徴です。同時に、それが「韓国人であること」との矛盾を生むという現象を、この作品はさりげなく問いかけます。ソウルという都市の国際化と、その中での孤独もリアルに描かれています。
こんな人に
現代ソウルのリアルな都市小説が読みたい人、アイデンティティと文化的帰属をテーマにした作品が好きな人。
12『アリス、アリスと呼べば』
著者: ウ・ダヨン
訳者: ユン・ジヨン
発売: 2024年3月
価格: 2,310円(税込)
アリス、アリスと呼べば (となりの国のものがたり 12) [ ウ・ダヨン ] 価格:2310円 |
あらすじ
「アリス」という名を呼ぶことで始まる、不思議な連鎖の物語。時間と記憶、呼ぶことと呼ばれること——実験的な構成の中で、喪失と再生のテーマが詩的に紡がれます。ウ・ダヨンは1990年生まれの新鋭作家で、韓国文学の新しい波を象徴する一人。
この本で見える韓国社会
記憶と忘却、呼ぶ行為と存在の証明——これらのテーマは、「歴史を忘れないこと」を強く意識する韓国社会と深く共鳴します。韓国では歴史的な悲劇(植民地時代、朝鮮戦争、光州事件など)の記憶をどう継承するかが今も社会的テーマであり、「名前を呼ぶこと」の意味は日本以上に重いのかもしれません。
こんな人に
実験的・詩的な文学が好きな人、新しい韓国文学の潮流を知りたい人。
13『ディア・マイ・シスター』
著者: チェ・ジニョン
訳者: すんみ
発売: 2024年8月
価格: 2,200円(税込)
ディア・マイ・シスター (となりの国のものがたり 13) [ チェ・ジニョン ] 価格:2200円 |
あらすじ
姉妹という関係を通して、女性同士の連帯と葛藤を描いた作品。共に育ちながら異なる道を歩んだ姉と妹。それぞれが抱える傷と、それでも断ち切れない絆——「シスターフッド」の複雑さを、温かさと痛みを混ぜながら描きます。
この本で見える韓国社会
女性間の連帯(シスターフッド)というテーマは、2010年代後半以降の韓国フェミニズム運動と深く結びついています。また「良い娘」「良い姉妹」であることへの圧力——儒教的な家族役割が女性に課す無言のプレッシャーが、姉妹の関係性を通してくっきりと浮かび上がります。
こんな人に
姉妹・女性同士の関係を描いた作品が好きな人、韓国フェミニズム文学の最新動向を知りたい人。
翻訳者について:作品と読者をつなぐ架け橋
このシリーズを語るうえで欠かせないのが、翻訳者の存在です。
斎藤真理子さんは、韓国文学の日本語翻訳の第一人者。『カステラ』で第1回日本翻訳大賞を受賞し、著書『韓国文学の中心にあるもの』は韓国文学を知るための必読書でもあります。
古川綾子さんは、第10回韓国文学翻訳院翻訳新人賞受賞。神田外語大学講師として活躍しながら、繊細な日本語で韓国文学を届けています。
すんみさんは、在日コリアンの翻訳家・エッセイスト。韓国語と日本語の間にある「文化の厚み」を誰よりもよく知る翻訳者として知られています。
翻訳者の個性が、作品の読み心地にも影響します。同じ作家の作品でも、翻訳者によって印象が変わる——それも韓国文学を読む醍醐味のひとつです。
テーマ別おすすめガイド
「まず1冊だけ読むなら」
→ 01『フィフティ・ピープル』(チョン・セラン)
入り口として最高の一冊。50人登場するので必ず誰かに共感できます。
「韓国の社会問題を知りたい」
→ 06『ディディの傘』(ファン・ジョンウン)
セウォル号とキャンドル革命。韓国現代史の核心に触れる作品。
「韓国のジェンダー問題を知りたい」
→ 02『娘について』(キム・ヘジン)または 05『わたしに無害なひと』(チェ・ウニョン)
「韓国の若者のリアルを知りたい」
→ 07『大都会の愛し方』(パク・サンヨン)
ソウルで暮らす20〜30代の等身大の生活が詰まっています。
「しんみり、でも温かい作品を読みたい」
→ 03『外は夏』(キム・エラン)または 08『小さな心の同好会』(ユン・イヒョン)
「韓国社会の「影」を知りたい」
→ 09『かけがえのない心』(チョ・ヘジン)
社会の周縁に生きる人々へ、誠実に向き合った作品集。
おわりに:小説は「となりの国」を「となりの人」に変える
韓国ドラマで描かれる財閥御曹司も、K-POPのきらびやかなステージも、もちろん韓国の魅力です。
でも、「となりの国のものがたり」シリーズを読むと、もうひとつの韓国が見えてきます。
家賃が高くて将来が不安な若者、普通であることを求められ続ける女性、声を上げられない社会的弱者、歴史の痛みを抱えながら生きる人々——。
そういった「生身の韓国」に出会ったとき、この国はもう「となりの国」ではなく、「となりに住んでいる人たちの国」になります。
13冊、どこから読んでも構いません。気になる一冊を手に取って、ページをひらいてみてください。きっとそこに、あなたの知らなかった韓国が待っています。
亜紀書房「となりの国のものがたり」シリーズ公式ページ:
https://www.akishobo.com/book/?ct=35
#韓国文学 #となりの国のものがたり #亜紀書房 #チョンセラン #キムエラン #ファンジョンウン #韓国を学ぶ #韓国文化 #韓国本 #読書好きと繋がりたい




